多様な価値観との共鳴を重ねるなかで、それは新しい潮流となり「原型」へと結実していく。デザインのあらゆる可能性を開拓し続け、世界中の人々とともに新しい価値を創出する。
「人のやらないことをやる」好奇心と創造力で先駆をデザインする。
課題に誠実に向き合い、精錬を重ね本質をデザインする。
社会の文脈を深く理解し、感性に訴えかける共感をデザインする。
引用:SONY「SONY Design-Philosophy」
引用:YouTube「Sony Design Philosophy/ソニーデザインフィロソフィー」
アウトドア用「ウォークマン」の第1号機。
ウォークマンは、その高い携帯性により、1980年代から1990年代にかけて人気を博した音楽再生装置。「ウォークマン」という名称は、「歩く」(walk)と「人」(man)を組み合わせたもので、音楽を携帯しながら楽しむという新たなライフスタイルを提唱した製品であった。
一般的には、ウォークマンはその軽量さとバッテリー駆動による移動性、そしてヘッドホンを使って個人的に音楽を聴くことができるという特性が評価されていた。その後のモデルでは、FMラジオチューナーを内蔵したものや、防水設計のものも登場している。
「ヒットビットメッツォー」の愛称で知られるパーソナルコンピューター。
ハンディカムは、ビデオカメラとカセットレコーダーを一体化した製品であり、一般的な消費者が家庭のビデオを簡単に録画できるようになり、家庭用ビデオカメラのスタンダードとなった。
縦にカセットを挿入する方式が採用され、よりスムーズにテープの出し入れや交換ができるようになった。
この時期のウォークマンはすでに成熟した製品であり、一部のモデルでは防水機能やノイズリダクション技術などの追加機能が提供されており、さらなる使いやすさやデザイン性の高さを提供した製品。
要所に金属を使って小型化と堅牢性を実現。ユーザーがいろいろなアングルで撮影できるように、レンズとフラッシュが180度回転する構造になっている。サイバーショットの1号機。
蓋を開けずにディスクの交換ができる「SLIDE-IN DISC LOADING」技術の商品化に初めて成功した。
ペンシルベニア大学で真空管を使って演算処理をするデジタル計算機ENIACが作成される。一般に広く知られた初のコンピュータ。
米IBMがメインフレームのSystem/360を発売。商用初のオペレーティングシステムが生まれる。
米IBMがPC-DOSを搭載したパーソナルコンピュータIBM PCを発売。以後、マイクロソフト社から各社にMS-DOSがOEM供給される。
画面内のUIはまだテキストのみであった。書込みや保存をテキストコマンドで命令を出して動かしていた。
Apple ComputerがMacintoshを発売。スティーブ・ジョブズの指揮のもと、グラフィックインターフェースとなり、フォントを選ぶこともできるようになった。その後、DTP(グラフィックデザイン等の業界を独占することになる)
画面内のUIが、グラフィックインターフェースとなり、直感的で使いやすい現在のPCやスマートフォンと同等のUIになった。
マイクロソフトが最初のWindows製品であるWindows1.0を発売。WindowsはMS-DOSを元に動いているため、今まで普及していたMS-DOSコンピュータにそのままインストールして使用することが出来た。
AppleがiPhoneを発売。Mac OS X派生のモバイルオペレーティングシステムiPhone OS(現:iOS)を搭載し、以降スマートフォンの普及が急激に進んだ。
1. 聖書ではアダムが禁断の果実のリンゴを食べてから人類が知恵も持ったということで、噛んだ跡は知恵の象徴と言われている。
2. エデンの園で神の掟に逆らい林檎を噛んだイブはアダムとともに神の国を追われる。欠けた部分は原罪・快楽・人間性などを象徴。
3. 「ひとかじり」を意味する“A BITE”とコンピュータの情報単位の“BYTE”をかけたアメリカンジョーク。
4. 欠けた部分がある完璧ではないもの=完成させていく。
Appleの創業者の一人、スティーブ・ジョブズの陣頭指揮のもとに開発された。フロッグデザインのSnow White design languageというデザイン言語(デザインレギュレーション)を導入している。
スティーブ・ジョブズがアップルをクビになった後に立ち上げた「NeXT」のPC。フロッグデザインと協業し、デザインをつくりあげた。
FROG DESIGN(フロッグデザイン)は、1969年にドイツにてエスリンガー・デザインとして創立され、1982年に社名をFROG DESIGNに変更。
1984年から1990年の間アップルのMacintosh関連のデザインを行う。1987年、NeXTのNeXT CUBEがフロッグデザインによりデザインされた。
「デザインの目的は、人工的な環境をより人間的にすること。私の目標はいつも、芸術としての製品デザインをすることで、それに応えてきた」というフィロソフィの元、デザインを考えている。
イギリス人のデザイナー。Appleの元CDO(最高デザイン責任者)。iMac、MacBook、iPod、iPhone、iPadなど現在の主要Apple製品のインダストリアルデザイン担当者として国際的に知られている。
1996年、ロバート・ブルーナーの後継として、正式にAppleへ入社。20周年記念Macintoshのデザインで頭角を現し、インダストリアルデザイン担当責任者に就任。以来、AppleのIDGを率い、同社の主要製品のデザインを統括してきた。スティーブ・ジョブズがAppleへと復帰した後、インダストリアルデザイン担当上級副社長となり、2013年にソフトウェアも含めたデザイン担当上級副社長へ就任、2017年にCDO(最高デザイン責任者)へ昇格した。当時のAppleで活躍していた主要メンバーの中では、数少ないジョブズ復帰以前からのApple在籍者であった。
2017年、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート学長就任が発表され、2019年6月27日にAppleを退社することが発表された。「形態はそれを使用する人が与える意味に従う」個人個人のユーザーがさまざまなコンテキストでコンピューターに見いだす意味という、個人的な関係を重視したデザイン。評論家は、アイブの作品をインダストリアルデザイン界において最高ランクに属するとみなしており、彼のチームが手がけた製品は、アメリカインダストリアルデザイナー協会のインダストリアル・デザインエクスレンス・アワードなどを受賞している。
英国紙「サンデー・タイムズ」は2005年に、アイブをイギリスでもっとも影響力のある海外居住者のひとりとして選出している。「アイブは、リストにおいてもっとも裕福でも、もっとも年長者でもないかもしれない。しかし、彼はまちがいなくもっとも影響力をもった人物のひとりだ。iPodや、Appleのもっとも印象的な製品の数多くをデザインした人物として、音楽およびエレクトロニクス業界を揺るがした」として、
同リスト25人中23人目にリストされた。2006年のイギリス新年叙勲者にリストされ、デザイン業界への貢献を讃えて大英帝国勲章を授与された。2005年6月には女王エリザベス2世が、iPodの利用者であることを明かしている。
Apple Computer(現:Apple)創業20周年を記念して限定販売されたパーソナルコンピュータ。このデザインによって、ジョナサン・アイヴはアップルに正式に迎えられる。しかし、スティーブ・ジョブスはこのPCを気に入らず、アップル復帰直後に窓から投げ捨てたという逸話が残っている。
透明な表面にキャンディーあるいはミルキーホワイトのようなカラーリングを加え、ソフトでふっくらとした輪郭を備えるとともに、縦方向のピンストライプが、製品の透明な表面から柔らかく透けて見えるようになっていた。AC電源コードもまた透明で、内側の編んだワイヤーが見えるようになっていた。このスタイルにあるような透明効果およびカラーリングは、ガムドロップキャンディから着想を得たもので、アイブは製菓工場に通ってガムドロップの視覚効果の再現方法を学んだという。
これらのiMacの登場で低迷していたアップルのイメージは刷新された。
白色プラスチックを透明樹脂で包み込んだ筐体となっており、全体に柔らかで丸みを帯び、手に馴染んだ形状をしながらも、ミニマリズム的な形状となっている。真ん中の円のボタンは円をなぞることで、液晶内の選択がスクロールする仕組みになっている(マウスホイールで項目をスクロールするのと同じ仕組み)。画期的なユーザーインターフェースとなっている。
2001年、Appleは複数の色彩を用いた半透明デザインから、二つのデザイン潮流へと移行した。Powerbook G4とともに登場したプロフェッショナル版モチーフは、産業用メタル、初期にはチタン、後にアルミニウムを採用し、柔らかで丸みを帯びた形状から、簡素化され直線的なミニマリズム的な形状へと変化した。こうしたデザインは、ドイツのインダストリアルデザイナーであるディーター・ラムスから大きな影響を受けているように見受けられる。その明確な例として挙げられるのがiPhoneの計算機アプリケーションで、ラムスが1978年にデザインしたBraun Control ET44計算機からの直接的影響が見てとれる。
現在では、筐体全体をガラスで包み込み、前面全体を液晶画面にし、ボタンなどを極限まで筐体から排除し、ミニマリズムを徹底的に追求したデザインとなっている。
動画:「“Designed by Apple in California” Chronicles 20 Years of Apple Design」
4階建てで、収容人数は約1万4000人。電力は100%再生可能エネルギーで賄われ、環境への配慮に重点を置いている。ジョブズの意向によってスタンフォード大学のデザインが参考に取り入れられている。何千本もの木が植えられ始めており、土地の80%が緑で彩られている。また、大規模な自然換気システムが取り入れられており、新鮮な自然風をオフィスでも感じられるようになっている。天井には太陽光発電パネルが取り付けられ、この設備は世界中の企業の中でも最大級の規模。太陽に合わせて向き変える仕組みで、雨などによる電力の低下といった失敗は現在の成功につながっており、これからも環境と製品の向上に努めていくとのこと。
引用:モノ・フラッシュ「アップル新本社に日本の椅子・デザインが救った苦境」
引用:GigaZINE「Apple の新社屋「Apple Park」の 4K 空撮映像で Apple イベント用の講堂「Steve Jobs Theater」の内部をチラ見せ」
動画:YouTube「APPLE PARK: Late June 2017 -- A look inside Steve Jobs Theater」
引用:GigaZINE「Apple の新社屋「Apple Park」の 4K 空撮映像で Apple イベント用の講堂「Steve Jobs Theater」の内部をチラ見せ」
引用:GigaZINE「Apple の新社屋「Apple Park」の 4K 空撮映像で Apple イベント用の講堂「Steve Jobs Theater」の内部をチラ見せ」
引用:GigaZINE「Apple の新社屋「Apple Park」の 4K 空撮映像で Apple イベント用の講堂「Steve Jobs Theater」の内部をチラ見せ」
この椅子は広島にある家具メーカー「マルニ木工」が製造・販売しているもの。アップル新本社のビジターセンターで採用されている。デザインしたのは深澤直人氏。ジョナサン・アイヴとTAM、20周年記念マックのデザインを協業しており、日本ではauの携帯電話機「INFOBAR」シリーズや、無印良品の商品デザインを多数手がけてきた。
引用:モノ・フラッシュ「アップル新本社に日本の椅子・デザインが救った苦境」
引用:AXIS「【特別対談】世界を変えた工業デザイン ジョナサン・アイブ×深澤直人」
引用:maruni
フランスのデザイナー。建築・インテリア・家具・食器・出版物・インダストリアルデザイン等さまざまな分野のデザインを総合的に手がけ、総合デザイナーと呼ばれる。
1982年、ミッテラン大統領の目に止まり、エリゼ宮のプライベートスペース内装を担当した事で一躍注目を浴びた。1984年、パリの「カフェ・コステス
(CAFECOSTES)」のインテリアをデザイン。そこで使われた椅子「コステス」が、世界的に販売され たこともあり、これ以降スターダムへ。
港のペニンシュラホテル、ニューヨークのザ・ロイヤルトンホテル、フランス・ボルドーの空港管制塔、ドイツのデュラビットデザインセンター、日本では1989年、浅草のランドマークとなった吾妻橋のアサヒビール本社の「フラムドール」を設計。世界中の至る所に彼の記念碑的プロジェクトが点在。余分な装飾はしない。不必要な機能もつけない。すべては素朴な自然美を原点にと、建築から日用品まで生活の中のありとあらゆるものをデザインし続けている。
彼は「歯ブラシを手にしても、歯ブラシのことなんて考えませんよね。僕なら、”どれだけよく磨けるだろう”と考える。口の中での歯ブラシの働きを理解するためには、”この口は誰の口だろう”と必ず思い浮かべる。そして、”その人は人生はどんなだろう”、”どんな社会を生きているのだろう”と思いを巡らせていく。こうしたプロセスを経てものを作っていくことが”デザイン”なのだと思います。」と述べており、ものが果たす役割や、ものを使う人のことを徹底的に考え「実用性」を追求している。
また、80年代当時、イタリアを中心としたデザインの流行は、消費者を置き去りにした”デザインのためのデザイン”であった。人々の生活からかけ離れたプロダクトが目立つ中、彼が作る”無駄な装飾を省いたシンプルなデザイン”は、世界中の人々の心を掴んだ。「ミニマリズム」の追求である。
イカ料理にレモンを絞っている様子を見た彼は、まさにイカのような形状をしたレモン搾り器の着想を得た。シンプルで美しいフォルムだけでなく、レモンの搾り汁が縦の線を伝い、容器に直接入るので、機能性にも優れており、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の永久コレクションとして収蔵されている。彼の代表作。
「コスト」の3本になっている脚。これは、ウェイターが出来上がった料理や飲み物を運ぶときに、足を引っかけないようにという配慮から生まれたデザイン。また、曲線を描いたフォルムは、見た目の美しさだけでなく、腕を自然に広げやすい作りになっている。
デザインの力で、費用をそこまでかけることなく豪華なカフェを作れることを証明した”COSTES”。彼がデザインしたこの椅子は、当時フランス大統領であったミッテラン氏の目にとまり、若干18歳にしてパリに事務所を設立するなど、フィリップ・スタルクを現在の地位にまで押し上げるきっかけとなった。
クリスタルガラスが使われた透明なボディ。水が渦を巻いて湧き上がってくる様子を見ることができる。水栓本来の機能を上手くデザインに取り入れている。
ガラスの本体部分が”はめ込み式”になっているので、取り外して洗うことができ、水を出すときのハンドルが左右どちらにも取り付けることができるので、左利きの人でも容易に使いこなすことができる。使う人のことを考えた工夫が随所に盛り込まれている。
フランス語で帽子を意味する”chapeau(シャポー)”に由来する名前にもあるように、照明本体に帽子をかぶせることによって、様々なスタイルを楽しむことができるよう、設計されている。
幅はわずか11cm程で、狭いスペースでも利用することができる。電球には発熱を抑える最新式のLEDが使われているため、熱で帽子を痛めてしまう心配はない。
わずかなスペースで、電球という本来の機能だけでなく、”空間をデザインする”インテリア的役割も果たしてしまう。”実用性”と”ミニマリズム”という二つのコンセプトを同時に体現していると言える。
金色のオブジェは「聖火台の炎」。金色の炎は「新世紀に向かって飛躍するアサヒビールの燃える心」を表わしている。アサヒビール100周年の記念事業の一環として竣工した。
隣の並々と注がれ泡立つビールを模したアサヒビールタワーの設計は日建設計によるもの。
「A.I」と名付けられたチェアは、スタルクがイタリアのインテリア ブランドであるカルテル、Autodesk
Researchとのコラボレーションの成果。スタルクがチェアに関する包括的なビジョンを提示し、カルテルが射出成形による製造を行うための要件を満たすよう、先進的なジェネレーティブ・デザイン・アルゴリズムが無数のデザインオプションを出力。このA.Iチェアは人間とマシンのコラボレーションである。
フィリップ・スタルクは次のように語っている。「同じ人間に属する脳から生まれたもので、同じ知性とロジックによるものだという理解に至った。別の表現をすれば、私が頭を絞り、皆があらゆる方法で脳ミソを振り絞ったとしても、あるいは我々皆が天才で偉大なデザイナーであったとしても、そこから生まれるのは似たようなものだ。我々のDNAやバックグラウンド、構造では、別の方法で行うことはできない。それには飽き飽きしているが、この創造性の吹き溜まりからAIによって脱出することに、大きな希望を抱いている。チェスのグランドマスターであるガルリ・カスパロフがコンピューターに敗北したのを見て、私は自分を彼に重ね合わせた。現在、我々は同じ場所に立っている。カスパロフは特定の状況で敗れ、私は特定の状況で戦った。A.Iチェアは素晴らしい自由、革命の始まりであり、これは人間の革命では提供できないものだ。」“AI
はすぐに成長し、より洗練されたフィーリングを持てるようになる。恋に落ちたり、恐れを感じたり、希望や夢を持つようになれば、天才になれるだろう”-フィリップ・スタルク
イスラエル出身の、イギリスのデザイナー。彼の作品は、マスプロダクツの中で、いかにアート性を発揮できるかというアプローチで成功をおさめる。
1997年のミラノサローネにアートモニュメントとして製作した「ドムス・トーテム」という、アルミニウムでできたスタッキングチェアを100脚積み上げて高さ10mもの巨大なオブジェを作るというパフォーマンスを行った。単にチェアを積み上げただけの巨大なタワーではなく、照明を中に仕込んでライトアップした様はエッフェル塔のような美しい輝きで訪れた人たちを圧倒したという伝説が残っている。
この時に積み上げられたアルミニウム製のスタッキングチェアが、後の「TOM
VAC(トムバックチェア)」の元になった。アルミニウムで出来ていたチェアをポリプロピレンに素材を変更し、ヴィトラから発表した事によってこれまで「ウェルテンパードチェア」や「ビッグ・イージー」のようなメタルを使ったアーティスト肌のデザイナーという印象から工業デザインも出来る次世代のスターデザイナーとしての地位を確立した。
一貫して商業デザインのフレームの中にありながら、アート性豊かな デザインワークを続けている。
ロバート社の廃車シートと鉄パイプで作られていて、この作品で彼は、華々しいデビューを飾った。
イタリアの雑誌「ドムス」の依頼を受けて制作した、座面と背もたれが一体型の椅子。単純でユニークな美しさを持つシェルは発表された当初はアルミ製でバキューム製法による一体成形であった。芸術作品的なたたずまいで、量産化が難しくわずか500個しか作られなかった。ミラノ・サローネで100脚を積み上げた「ドムス・トーテム」として発表される。
その後、アルミニウムで出来ていたチェアをポリプロピレンに素材変更し、ヴィトラから量産品として販売・流通。大ヒット商品となった。このチェアは、一枚のポリプロピレンとスチール製の脚のみというシンプルなデザインだが、シートの波はデザイン性と機能性を両立させており、サイドアームはゆったりと座れるように横に上にいくにつれて広がっていく。
ブラックホールに吸い込まれていくかのような幻想的なデザインは、ロン・アラッドだからこその発想といえる。そして何よりも軽く、そして耐久性もある、スタッキングはシートに空いた穴に後脚が通せるようになっているといった意表を突くアイデアも素晴らしい。様々な要素がつまった名作チェアだが、見た目はいたってシンプルなので場所を問わず馴染んでくれる。
4枚のスチールを巧みに折り曲げてナットで止めただけで構築されている。
2002年に、ステンレススチールから素材をグラスファイバーに変えて「バッドテンパードチェア」として発表している。
ステンレススチールを溶接して作りあげた椅子でロン・アラッドが1991年に発表したモダン家具デザインのアイコン的作品。現在では素材は変わっているが、彫刻のようなデザインはそのまま使われている。
Kartell社のブックワーム。強度と耐久性をもった自由に変形させることができる本棚ブックワーム。
イスラエルのホロン・デザイン・ミュージアム。
Silken Hotelsが14人のデザイナーに14フロアの各階のデザインを依頼したホテル。ロン・アラッドは7階の30部屋をデザインした。
イギリスを代表するプロダクトデザイナー。RCA(王立美術大学)で学んだ後、1996年には自身のスタジオ「オフィス・フォー・デザイン」を設立。
1990年代にデザイン界の中心だったロンドンで頭角を現し、カッペリーニの「Thinking Manʼs
Chair」をはじめとするデザインワークが高く評価され、控えめなフォルム、高い機能性、構築的な「ニュー・シンプリシティ」を最も特徴的に体現。現代イギリスデザイン界におけるミニマリズムの原点と称されている。
「デザインとは、ものとしての機能を表現するとともにいつまでも心地よく使いたいという使用者の思いを満たすものであるべきだ」と述べている。
ジャスパー・モリソンの特徴と言えるシンプルで実用的なデザイン・プロダクトは、Vitra(ヴィトラ)や MAGIS(マジス)FLOS(フロス)など、世界の一流ブランドメーカーから発表されている。
また、マルニ木工や日本の有名企業からもプロダクトが発売される背景から、余計なものが削ぎ取られたデザインと実用性、かつ誠実さを選ぶ現代の日本人好みにマッチしていると言える。
本当のデザインとは何かを追求し、製造過程の細部にまでこだわり続けている彼のプロダクトは、シンプルかつアーティスティックで、本当の意味で暮らしを豊かにする、シンプルかつ実用的なデザインを実現している。日本を代表するデザイナー深澤直人とともに、優れたデザインを定義する言葉として「Super
Normal/スーパーノーマル」という独自のデザイン哲学を掲げ、展覧会を開催。彼の作品は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)
をはじめ世界の著名な美術館に収蔵されており、現在はロンドン、東京、パリにオフィスを構え、第一線で活躍し続けている。
成形合板(プライウッド)の椅子。控え目かつシンプルな造形で、特に背面と後脚がフリーハンドで描かれたような美しい曲線を持ち合わせ、座面の薄い合板とのコントラストが非常に美しい。
また、その薄い座面が程よくしなる設計となっており、座り心地にも配慮されたデザインとなっている。
彼の「スーパーノーマル」というデザイン哲学を体現した新作「モカ」は、シンプルで控えめな存在であるがゆえに、あらゆる環境や状況に自然と溶け込む普遍的なデザイン。
1本は背もたれを支えながら前脚となり、もう1本は後脚となる、2本のスチールチューブがモカの基本構造。快適性を考慮して成形されたプライウッドが座面と背もたれとして取り付けられ、スタッキングした際に表面を傷つけないよう、裏にはスタッキングプロテクターを備えている。
ドイツ・ハノーファーで運行されているライトレールで運行する路面電車。2000年に開催された「ハノーヴァー万国博覧会」へ向けた計画の1つ。
一見するとヨーロッパなどで昔から馴染み深いクラッシックな木製のチェアのように見える。実際には木製ではなく、現代的な新しい素材を活かしながらデザイン性と機能性を追及している。
チェアのパーツはそれぞれ1つ1つ成型されており、シートの表面は有機的なラインを描き、バックレストは伝統的な木製のチェアと比べてより繊細でより薄くなっている。
フレームは丈夫で曲がりにくいポリプロピレンからできており、シートとバックレストは座る人の身体に馴染み、ゴム製のシャフトが軸となり柔軟に撓ることで、木製チェアのようにとても快適な座り心地を提供。
彼のデザイン哲学「スーパーノーマル」に基づき、考え抜かれた3つのサイズと色の組み合わせがセットになるよう作られている。同じく彼のデザインしたロータリートレーやハイトレーと組み合わせたり、重ねたりして、一緒に使うこともできる。控えめなそのデザインは、散らかりがちな机の上や食卓を整え、ささやかなアクセントとして暮らしを彩る。
アート、建築、デザインの分野でプロデュース業をしている安東孝一が、ジャスパー・モリソンにお願いしてデザインしてもらったグラス。名前は、安東の名前を取って「ANDOʼS GLASS」。
安東のリクエストは、「シンプルで飽きのこない定番であり続けるグラス」。まさにリクエストに沿いながらも、ジャスパー・モリソンらしさを全面に出したグラス。
引用:CINRA「誰もが手に入れられる一流のデザイン「ANDO'S
GLASS」の秘密」
引用:22web「最高にふつうなグラス「ANDOʼS GLASS」」
シンプルなデザインながら、少しつぶれた丸いガラスグローブがポイント。宙に浮いた光は和洋を問わず日常のあらゆるシーンに溶け込み、あらゆる空間の表情を優しく演出。ランプ挿入のためのガラス開口部を極限まで小さくすることにより、ガラスグローブ全体が余すところなく発光するように工夫されているため、シェードには一切影が映らない360度どこからみても隙のない美しさ。
イタリアの建築家、家具デザイナー、工業デザイナー。彼のデザインは、控えめでありながら優雅さを兼ね備えたものづくりが特徴。「プロダクトのデザインをする際、重視するのは、空間との関係。空間に対して、全体的なビジョンを持ち、そのモノ自体が持つ「必要性」と、それを使う人間の「願望」を一致させ、人々の生活の質を向上させる」と、述べている。
1987年から1996年まで、テリー・ドゥワンと共同でヨーロッパや日本で建築物のデザインを手がけた。
2000年、チッテリオとパトリシア・ヴィエルは、建築、デザイン、グラフィック全般を手掛ける「アントニオ・チッテリオ・アンド・パートナーズ」を設立、住宅や商業施設、公共建築、オフィスやショールーム、ホテルのインテリアデザインなどのプロジェクトを主に手掛けている。また、グラフィックデザインやコンセプトを含めた企業向けのコーポレートアイデンティティの設計も行っている。同社は、2009年にアントニオ・チッテリオ・パトリシア・ヴェイル・アンド・パートナーズと名称を変更し、現在もVitra(ヴィトラ)やFLOS(フロス)など、世界の一流メーカーから多くの作品を発表している。
細部にまでこだわり妥協のない姿勢から生み出された作品は高く評価され、1987年と1994年にイタリアインダストリアルデザイン協会(ADI)によるコンパッソ・ドーロ賞を2回受賞し、2008年には、英国王立芸術協会より王室工業デザイナーの称号を授与されている。
アームからベースへゆるやかなカーブが美しいカンファレンスチェアで、「ヴィトラ」社のロングセラーチェアである。
カンティレバー構造によるやわらかな座り心地で、バックレストの小さな四角い穴は、通気性を考慮してデザインされている。
機能性、軽さ、強度、耐久性を全て取り揃えたデザイン性の高いシステムチェスト。カラーも豊富でベッドルームからリビングやスタジオ・オフィスなどの様々な空間によくマッチする。
家庭環境に新しいレベルの快適性と柔軟性をもたらす目的でデザインされた肘掛けと高い背もたれを備えたエレガントなスイベルベースのラウンジチェア。
「バティスタ」は用途によって長さが変えられるフォールディング式テーブル。ワゴンやサイドテーブル、一人用のテーブルとしても使えるデザインとなっている。
滑らかな形状、すっきりとしたライン、気品のあふれた表面と、エレガンスと高品質のバランスの取れたコントラストが特徴。
20世紀の産業は、私達に多大な恩恵をもたらした。しかしその発展は地球環境問題や南北問題など、いわば産業化社会が想定していなかった諸問題も露呈させることになった。
これらの問題を解決できる社会や世界をデザインする必要がある。
モノづくりからコトづくりへ
物質に対してだけでなく、出来事への体験に お金を払う時代になった。アプリ(ゲーム等) は無料だが、アプリの中のイベントにはお金 を払う。NETFLIX などの映像コンテンツに はお金を払うなど。
出来事やコンテンツをデザインすること。また、コンテンツを知ってもらうための導線をデザインすることが必要になってきた。